
シン・ゴジラに出てくるこのシーンの線路のすぐ向こう側にあります。
大姫は、許嫁木曽義高を父頼朝に処刑され大きなショック受けます。
後に別の婚姻を提案されたとき、そんなことをするくらいなら「深淵に沈む」と述べます。(吾妻鏡)
そのあと、大姫は病が悪化し亡くなってしまいます。
鎌倉殿の大姫の衣装、かわいい
●以下は、史実とは関係ない、あくまで私の思ったことです。
わたしは相模湾にはその周辺の歴史を作った人の感情が沈んでるような気がします
自宅でスマホに八重姫の「稚児が淵」と打ち込んだ時と、
木曽義高のお墓に行って大姫に意識を向けた時に、
とんでもない大きな感情が出そうになった時があって
私の肉体は普通にあるけど、意識は感情が沈んでる層までおりてるのかも、と感じた時期があります
(現代に生きてる自分も歴史を作ってる一人なので、
自分に潜ろうと思った先で、感情の層がオーバーラップしてくるのもある意味当たり前だったのかもしれない)
八重姫は息子を、大姫は許嫁を、失っています。
八重姫も自ら川(これも「深淵」)に身を投げた伝承が残っています。
八重姫御堂は梯子がまつられてます。
梯子があれば川に沈んだ姫様を助けられのにという村人の願いだそうです。
(大姫のことも八重姫のことも周りの人は助けたかったんですね)
ここから先はさらに私の話しになりますが…
…自分を振り返って考えてみると…
梯子って沈んだ側が登る意志がないと昇れないものだなぁと思います
あまり深追いしたら助けようとした人も溺れてしまうし
自ら昇ろうとしなければならないということだと思います
溜まってしまった哀しみって、
「起きたことは仕方ないから頑張って前を向いて」とか「そこまで降りずに上から癒す」などしてももうどうにもならないんだと思います。
もうその「人」そのものでは無くなっているだろうし
似たような境遇(自分)の人がとなりにきて、「別に下向いたままでもいいから、とりあえずここから動こう」と肩組んで引きずるくらいしかないのでは、
それは沈んでるのが悪いからではなく、
なぜなら時間だから
もう地球は待ったなし だから
そこにはいられないから移動しよう?
くらいが妥協点なんじゃないかと思います
やっぱ「動く」となにかしら隙間が出来るし
そこから状況が変わってきたら御の字じゃないかなと思います。
私はそんなイメージで行動してます
(大祓詞だと祓戸四神の、瀬織津比売、速開都比売、気吹戸主神、速佐須良比売が罪穢れを
根の国、底の国に送って終わってますけど、最後あの先はどうなってるんだ…その先のシステムが重要じゃないのか、なんで書いてないんだ、と思ってしまいます)