最近のこと
以下は、特定の誰かとかではなく、「今までいた世界」への諦めとして読んでください↓
~
インナーチャイルドの問題で難しいのは、
親側のことは置いておいて、根深いのは子供側も、(自分になにが起こっていたのか)分かっていないことだと思いました
あるのに見えないので、分からない人には信じられないくらい「分からない」んですよね。説明しても分からない。もうこれは話が通じないと諦めるしかないと思いました。
どうして?全員の中にあるものなのに
落胆と幻滅。
分からないことの方が社会では主流だし。
「見えない世界」の最たるものは「インナーチャイルド」だと思うようになりました
己のインナーチャイルドに繋がる人が増えることが日本の活力になるだろうなという希望があります
~
この場合の「諦める」というのは悪いことではないです
途中で投げやりになるのではなく真に「諦める」までやりきるというのは別
「諦める」ためにここまでやってきたようなもの
つまり事実を認めることを少しづつ重ね続けたことで「チャイルド」がついに「おかあさん」と生きることを諦めて「私」と生きようとし始めてくれている
一緒にさきに行こう