八幡大菩薩
機能不全家族の発端は戦争だと聞いたことがあります。
戦後は生きぬいて生活を豊かにするのが先。
育てて貰ってもチャイルドは封じてきていて、それが煮詰まって表出してるのが今の時代。
今の時代がチャイルドの問題に取り組めるのは、先代の人達が、物質面や差別問題を解決してきてくれたから
毒親という言葉が流行ったのももともとは
自分の育った環境の輪郭をなんとか掴もうと掴もうとしている人がたくさんいたから
親の姿をもう一度見て、親に対する誤った認識で作ってきた自分の頭の中の世界を土台から壊そうとしている。(この作業を、親のせいにしている、と捉えられるのは、もったいないなと思う、けど社会的にはそれでいいと思う)(一度に皆が同じことをしたら社会が成り立たないので)
私は祖父母から戦時中の話を聞いたことがなく、実は戦争が発端ということにあまり実感がありませんでした
でもチャイルドを迎えに行く流れが始まってから導かれた土地が連続して戦後の高度経済成長期に急な開発により埋められた土地だったので、確かにそうかもしれないと思いました。
コンクリートで戦後に土地を覆っていく
チャイルドを戦後の常識で覆っていく
共鳴だと思いました
「コンクリートの下にいるんだよ」
と言っているようでした
土地って生きている
あまり話したことはないけど祖父母の晩年の姿に私は思うものがあります。
祖父母が出来なかったことを子孫の私が出来るようになりたい(と思ったのが潜り始めた最初の動機だったの忘れてた)(私にとってはこれがたぶん一番身近な戦争体験なのかも)
おじいちゃんおばあちゃんが出来なかったことを出来るようになりたい
みんなが自分らしく生きられるようになろう
そのためには煮詰まった点に生まれた私が家系に埋もれたチャイルドを表に出すことだろう、というのがこのブログの主軸です
(機能不全家族は成長することを望んでないのでループそのものです
8番出口にてループに陥った者に「あれはもう、人間じゃない」と言い放つシーンがありましたが、
かつて私もかなり追い詰められた時に両親に「(ふたりは)人間じゃない」と言ったことがありました。←関係悪化しても知らないので真似しないでください
そんなこと言ったら、怒らせたり悲しませたり、するんじゃないかと思いますが、そうじゃありませんでした。
実際はかなりあべこべな反応でした。
両親の親も生きるのに必死で、そういう環境で生きてきた両親もまたあべこべな脳内ループを作っていたんですね。
人間じゃない、と言うとき、立てないくらい足が震え涙も出てきましたが、両親が恐かったのではなく、自分のループを破ることが恐かったんですね
このへんは個人的すぎてあとで消すかも
あきらめがついてきた
ループに陥ってる人はどうあがいても関わりようがない人なんです
子供側が諦めるべきです
その事実を受け止められる自分になることがループを抜ける鍵です
親のループに付き合って、これ以上子供が墜ちることはない
周りを注意深く見れば、時代が、神が、集合意識が、子供を犠牲にし続けてることにブチ切れてるのが伝わると思います。
あとブログ全体読み直してたら、
ループの後に玉縄城に行って八幡旗を見に行ってるの凄くないか?と思ってしまいました
映画のまんま
ずっと目の前の壁に対処するので精一杯で、ごちゃごちゃした記録だけど、やっぱりブログにこうやって記録していて良かったと思いました
流れでみるとなんとなくやってきたことが分かるし、一貫していて凄い
これすごいエネルギーの質量がある
よく束ねたと思う
鎌倉幕府って日本の古代王朝に直結してると思っていて
小四郎、思ってたよりけっこうやばいやつなんじゃないか…?「片田舎の次男坊」なのに
というか権力を持てる人は日本の歴史を分かっているということですよね。現代の一般人が分からないだけで